鼠先輩といえば、一時期「ぽぽぽぽぽっぽ〜」のフレーズと、完成度の高い歌謡曲のスキルで人気者でした。
活躍していた時期自体は短いものの、その個性的なキャラクターはインパクト十分で、当時は多くの若者が鼠先輩の真似をしたりしてました。
しかし、最近になってまったくテレビでは見ることはなく、一時期の連日の出演ラッシュが嘘のように思えます。
そんな鼠先輩は「キテレツ人生 消えた芸能人」に出演し、
そこで現在までの生活や仕事、収入に関して告白し大きな話題を集めました。
さらには週刊誌に現在の具体的な生活の様子が描かれ、今になってさらに話題になっているようです。
鼠先輩のプロフィール
本名: 杉村佳広 (読み方: すぎむら よしひろ)
生年月日: 1973年4月5日
出身地: 岡山県赤磐市(旧 赤磐郡山陽町) 生まれは大阪府堺市
身長: 177cm
体重: 63kg
血液型: A型
学歴: 赤磐市立高陽中学校 ~ 岡山県立備作高等学校中退
職業: ムード歌謡歌手、実業家
契約事務所: 芸映
鼠先輩の現在の仕事と収入
鼠先輩は全盛期の収入は1200万を超え、寝る暇もなく忙しかったそうです。
当時は子供が生まれたばかりなのに、服を着替えに帰ることぐらいしかできず、家族との時間はほとんどなかったそうです。
移動中の仮眠ぐらいしか取れず、まさに寝る暇もない状況。
しかし、次第に仕事が減っていき、家族との時間も取り戻せたようです。もともと芸能界とはそういうところだと思っていた先輩は、開き直っていたそうです。
自分の所属していた事務所を通さずに、自分で営業し、仕事するスタイルで、かなりの収入を得ていたのです。
結婚式から忘年会、パチンコ屋など、かなり豊富に仕事をこなしていたようで、
そのときの収入もなかなか良かったそうです。
最初は事務所に怒られてたそうですが、
次第に何も言われなくなったとか・・、なんて優しい事務所なのでしょうか!
鼠先輩に会ったのは、昨年オープンした西武新宿線久米川駅から徒歩2分のバー「飲鼠(のみーまうす)」。トレードマークのパンチパーマにサングラス、白スーツ姿は今も変わらない。が、ネクタイには「ガッチガチの一発屋」の文字……。
フリーで活動する現在は「地方営業が多いです。町のお祭りとかスーパーの土曜市、飲み屋のイベント。呼ばれれば全国どこへでも行って、どんなことでもやらせてもらいます」と鼠先輩。引用:ゲンダイ
しかも現在は飲食関係の仕事もしており、実業家として活躍されているから驚きです。
最初から事務所を通したテレビの仕事に依存する気なく、しっかりと将来を見据えて仕事されていたんですね!
なかなか聞かないタイプのエピソードに多くの方が関心しています。
鼠先輩のバーが閉店?新しく改名?
飲食店を経営など、実業家としても活躍されている現在の鼠先輩ですが、実は過去に作ったバーはすでに閉店してしまてるようです。
2017年に東村山にオープンしたお店はすでに閉店してるとか。
引退後は細々と芸能活動を続けながら、新宿と池袋でスナックを経営。数年で店をたたむと、'17年には東京都東村山市に『飲鼠』(のみーまうす)というバーをオープンさせた。
「鼠先輩の店ということで、いつも彼がいて接客してくれると思っていたのですが、そうでもなかったですね。オープン当初は頻繁に来てくれたものの、時がたつにつれて頻度も減少。半年後には月に1日程度になっていたみたいです。これだと“鼠先輩のバー”と呼べるのかどうか……」(バーの利用客)
確かにバーの公式ツイッターを見ても、彼が来店するときしか投稿しておらず、'18年の5月7日以降は更新すらされていない……。
オープンから2年半が経過したが、『飲鼠』はどうなっているのだろう。
「今年の夏にはお店を閉めて、今は『まことBAR』というお店になってますよ。もともと鼠先輩のお店で働いていたアルバイトの子が独立をしたいとのことで、彼がお店を買い取って新たにそこで開業したそうです」(バーの常連客)
閉店の原因は、やはり客が来なかったことにあるようだ。
「公式ツイッターのフォロワーも60人くらいでしたし、お客さんはあまり入っていなかったですからね。家賃もけっこう高かったみたいなので、お金が回らなかったんだと思いますよ。今のお店には、彼は関わっていないんじゃないですかね」(同・バーの常連客)
『飲鼠』の閉店について鼠先輩に確認してみると、
「確かに、飲鼠は閉店しました」
とのこと。今後、閉店の事実を知らずに店を訪れたファンが悲しい思いをする可能性は十分にある。SNSがあるのだから、お知らせくらいしてあげたほうがよかったのでは!?引用元:Yahoo!ニュース
お店はすでに閉まり、お店があった同じ場所には名前の違うお店が出ているようですが、鼠先輩のお店ではないみたいです。
そう考えると実業家としての今は、前ほど調子は良くなさそうですね。
鼠先輩の嫁さんと子供
鼠先輩はもともと3歳年上の音楽をしてる彼女がおり、
その彼女を追いかける格好で上京したようです。
鼠先輩もインディーズバンドを組んでいたそうですが、
当時はそれだけで食べていけなかったそうです。
愛しの彼女とわかれてしまったそうですが、
「10年後の8月1日に東京タワーの下で会おう」と約束し、
その日の朝から彼女を待って、本当に現れたそうです!すごいですね・・・。
しかし、彼女の口から飛び出した言葉は、
交際はできないとの話・・・これもすごい。
この経験を音楽にぶつけて、
名曲「六本木」が生まれたそうです。
そして、その音楽の飛躍も手伝って、
その彼女と交際し、結婚することができたとか。。
なんてドラマティックな話なのでしょうか!
子供が出来た頃にはブレイクしており、
そのあとは、テレビの仕事は減りましたが、
自分の営業力で家族を充分に養ったのです。
本当に先輩と呼びたくなるほど、かっこいい人生です・・・。